時が止まった集落
集落跡地を巡る
旧小南小学校熱田分校
Atsuta Branch School
昭和16年開校。現校舎は昭和34年に改築、移転されたもの。当時は公衆電話が設置されるなど集落を支える施設でもありました。昭和レトロな造りから、過去にタイムスリップしたような錯覚に陥り、映画やアニメに登場しそうな外観から人気の撮影スポットとなっています。
鎮魂碑
Requiem
1968年(昭和43年)。主婦5人が買い物から帰宅途中に雪崩に巻き込まれる事故により、亡くなられた方の霊を慰めるために建立された地蔵尊。
越冬住宅の建設や集落移転のきっかけとなった痛ましい事故の記憶を今に伝えています。
熱田神社跡
Atsuta Shrine Remains
熱田集落は約800年前、三種の神器の1つである草薙剣(くさなぎのつるぎ)を祀る尾張国(現愛知県)の熱田神社に仕えていた田野氏が家臣を連れて移住してきたことが起源とされ、熱田神宮から分祀された『熱田神社』が、長きにわかりこの集落を見守ってきました。しかし、集落の廃止とともに新屋区内の神社に合祀された。
かつて神社を移転しようと運び出そうとした人の足が動かなくなり、移転を断念したという話や、神社付近の杉が大雪で倒れることが度々あるが、一度も神社にあたったことがないという、熱田神社にまつわる話は今も語り継がれている。
観音堂跡
Remains of Kannon Hall
善光寺(長野県長野市)から勧請されたち言われる薬師如来像が祀られていたが、集落の廃止により、現在は牛玉山光明寺(香美町小代区平野)に移され安置されている。
薬師如来は病気を治して衣食住を満たし、健康長寿などいきている間に願いを叶え、現世にやすらぎを与えてくれると言われることから、住民の拠り所をなっていた。
牛とともに過ごした民家
(自然体験教室受入施設)
A house where I lived with cows
2010年までの約30年にわたり、自然体験教室として京阪神からこどもたちを受け入れていた民家。
民家に併設された「まや」と呼ばれる牛の寝床や五右衛門風呂などを観ることができる。
ここで自然を体験したこどもたちが、やがて大人になってからも「熱田」をふるさととして親しみ、度々この地を訪れている。