熱田の記憶

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STORY

純血腫が奇跡的に残った
和牛の聖地
廃村『熱田集落』

香美町小代区新屋

豪雪地帯である香美町小代区の秘境に佇む熱田集落、但馬牛純血種が残った『和牛の聖地』として語り継がれた、2010年までの約30年にわたり、都市部からの自然体験教室を受け入れた、農泊のさきがけとなる民家跡が残る。
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HISTORY

歴史
約800年前

尾張国から熱田神宮に仕えた田野氏が移住(熱田集落、熱田神社の起源)

1394年〜1428年

金銀銅鉄が堀り出され栄える

江戸〜明治〜昭和

小柄で小回りがきく但馬牛は、田畑を耕すために飼われ、家族同様に大切にされていた。明治以降、外国の牛のよう大きな体格のものにしようとして外国種との交配が進められたが、集落は山間部の谷筋にあり、他の村からも遠く離れていたため、交配を免れた純粋な但馬牛に血統が奇跡的に守られた。熱田集落で育てられた牛は、熱田にちなんで『あつた蔓(つる)』と名付けられた。

1939年(昭和14年)

全国の黒毛和種牛99.9%に血縁を持つ名牛『田尻号』が田尻松蔵さん宅に生まれる。和牛のルーツでもあり、有名な神戸ビーフの素牛。

1968年(昭和43年)

大雪の日、主婦5人が買い物からの帰宅途中に雪崩事故が発生

1969年(昭和44年)

全住民が同町中心部に建設された越冬住宅に集団移住(熱田分校閉校)

2020年(令和2年)

3月31日をもって自治会活動休止
昭和レトロな熱田分校、農泊のさきがけ「自然体験教室を受け入れた熱田の古民家」、純血種が奇跡的に残った『和牛の聖地』「あつた蔓」が生まれた里が佇んでいる。

Atsuta-tsuru

あつた蔓と田尻号のストーリー

世界に誇る和牛の原点は熱田にあり。日本中の和牛の99.9%が一頭の牛、『田尻号』の子孫であるという事実。この田尻号は『あつた蔓』から生まれたのです。但馬牛の祖とも言える前田周助さんと田尻松蔵さん。あつた蔓、田尻号とのストーリー。

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Haison

雪崩事故から集団移転そして廃村へ

雪深い熱田の地で生きる苦労から、悲しい事故。そこからの集団移転と、廃村へと続く道。
 
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shizengakkou

自然教室の受け入れ

1980年ごろから2010年までの約30年間、都市部からの自然体験教室を受け入れ続けた田渕徳左衛門氏のストーリー
 
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